ふくのこと

今日の記事はとても長く、写真もありません。私の心の整理のつもりで残しますので、どうぞご了承ください。


あっという間に年末になってしまいました。

長い間ブログも止まったまま、コメントの返事も書かず、たくさんの方に支えていただいているにも関わらず、御礼の言葉や感謝の気持ちをお伝えすることもせずに、大変申し訳ありませんでした。

数々の非礼無礼にも関わらず、温かく見守ってくださった皆様、本当にありがとうございます。



ふくの事で、ご心配、お気遣いをお掛けしてしまった事 お詫び申し上げます。


いつまでウジウジメソメソしてんだよ!と自分でも思うのですが、どうしても吹っ切ることができませんでした。


あれから心の奥の小さな箱に、自分の気持ちを閉じ込めて


「亡くなった仔のことを、いつまでも引きずってちゃダメ。」

「まるこやむぎ、保護猫達だって抱えているんだから。」

「外の猫達に比べたら、ずっと幸せだったはず。」


そんな言葉を載せ蓋をして、もう平気と思っていました。


でもふとした瞬間にその箱が開いてしまうと、押し込んでいた想いがザブサブと溢れてきて、重石にしていた言葉もあっという間に飲み込んで、体中が哀しみでいっぱいになってしまうのです。

自分でもコントロールが効かず、お恥ずかしい話ですがどこにいても急に涙が出てしまったりします。

ふくが死んでしまってから、何をしても気力が続かず、本音はすべてがもうどうなってもいいと思っていました。

保護猫のことも、ブログのことも、全部放り出して、ただふくのことだけを想って、この悲しみに浸っていたかった。

自分勝手だとお叱りを受けても仕方ありません。



ふくを抱きしめて、あの艶々した毛に顔をうずめたい

先っちょの白い長い尻尾、大きな頭、弾むように廊下を駆ける姿

もう一度会いたい


亡くなる1週間前の金曜日の夕方、ご飯を吐きました。

それまでは、まったく普通でした。

ぐったりしていたわけではなく、時間を置いてちゅーるを食べたりしたので、様子をみていました。

次の日また吐いたので、病院で血液検査をしたところ、BUN(尿素窒素)67.7、CRE(クレアチニン)6.2でした。

すでに腎臓病の末期の数値だと医師から伝えられ、助かる見込みがないかもしれないといわれました。 

すぐに入院させ、静脈から24時間で点滴をしました。

日曜日、病院から電話があり、また数値が上がっていて状態が良くないので、夜は無人になるため自宅にポンプを持ち帰り点滴をすることになりました。

もう、いつ亡くなってもおかしくないというのです。

私に甘えてひっくり返っているこの仔が 死ぬなんて そんなわけない。


朝病院へ半日入院させ、夜は自宅で点滴をすることになりました。

月曜日 BUN 140   CRE 14.3

火曜日 BUN 212.2  CRE 16.9

数値は上がる一方で、生きていることが信じられないと言われたほどです。

もはや測定することに意味はなく、半日入院もここでやめました。

ほとんど食べていないのでお腹が空いているようでしたが、口元に食べ物を持っていくと、オエッとえずいてしまい食べられません。

ネットで調べたところ、もっと数値が高くても食べている仔がいるようでしたが、急性と違って、慢性腎不全の場合は進行が緩やかなので、身体が高い数値に慣れていて、その状態でも食事を摂れることがあるそうです。

薄めたスポーツドリンクか、調子がいい時は、液状のフード(カロリーエース)を、シリンジで数滴飲ませるのがやっとでした。

おしっこは、最期まで出ていましたが、尿毒症特有の匂いがするようになりました。


その後は通院で輸液のみに切り替えましたが、抗生剤が効けば持ち直すかもしれないという期待が常にありました。

時折大きな不安に襲われましたが、助からないといわれたまるこも、前回の黄疸が出た時も大丈夫だったのだから、今回だってきっと持ち直すはず。

ふくの保護主だったかっくん姉さんからは

「後は、ふくが痛くないように、怖くないように、寂しくないように、それだけだよ。少しでも長くふくと一緒に居てあげな。」

と言って、取り乱して泣いている私と一緒に泣いてくれました。


木曜日からは、体温が下がって手足が冷たくなりました。

低体温になると、部屋を温めると余計に暑く感じるそうで、冷たいフローリングの方へと行きたがります。

少し歩いては倒れ、少し歩いては転がりながら。

金曜日、手足がますます冷たくなり、私の期待が遠のいていくようでした。

「ジジ(旦那)が帰って来るまで、絶対待ってるんだよ!」

そう声を掛けて、ふくの手を握り、毛布を持ってふくを追いかけました。

その夜、本当に苦しそうに、リビングを何周も這い回るふくを見て、初めて「もういいよ」って口に出してしましました。

土曜日。

朝になると、昨晩の苦しみが嘘のようにすっと引いて、穏やかな顔になりました。

薬が効いたのかもしれない。治るかもしれない。そんな期待が再び胸に湧いてきました。

ところが昼頃、突然苦しそうに発作のような呼吸をしだして、1分も経たないうちに、ふくは虹の橋を渡りました。

体調を崩してから、わずか1週間でした。

迷い、動転し、泣いたり、期待したりで、心の準備もないままに、ただただ最期を看取るだけで、ふくの為になるようなことを何もしてやれなかった。

急性腎不全なんて、私の健康管理が甘かったからとしか思えない。

大往生でもなく、闘病期間が長かったわけでもなく、だから悔しくて諦めきれなくて。


亡くなってすぐは、叱ってしまった事、してやれなかった事ばかりが思い出されて、楽しかった頃がちっとも浮かんでこなかった。

四十九日を過ぎれば、少しは心が軽くなるかと思ったら、記憶から押しやっていた最期の数日間のことが蘇ってきて、もっと苦しかった。


苦しい悲しいともがき続けた2ヶ月間、いくつかの別れを目にしてきました。

いつも見ていたブログの猫ちゃんが亡くなったり、橋猫も1匹、お世話をしてくれているおじさんの猫も今夏に5匹、先日訪ねた時にも1匹亡くなったそうです。

新聞でも別れの記事が、不思議と目につきました。

生死に敏感になっているのもあるでしょうが、偶然だけと思えないほど多かった。

それぞれの環境、それぞれの関係で、別れに向き合っている人たちを知って、ただ泣いて自分を責めているだけの私は、甘えているだけなんだとようやく気付きました。

いつまでもグズグズと泣いている私を、ふくは空から見ていて

「あ~あ~、お母ちゃんてばしょうがねえな~」って導いてくれたのではないかと思う。

生きて残った者は、前に進むことが、死者への供養に繋がるのだと思う。

私に出来る事は、保護っ子たちに温かい家族を見つけること。

ふくが尻尾であやし、時にはおっぱいを与え(たフリをして)、抱えて眠り、本当の親のように愛情をかけた保護っ子たち。

間もなくやってくる年明けを機に、もう一度頑張ってみよう。



出来る事ならば、もう誰にも私のような悲しい思いをして欲しくないけれど、どんなに泣いても、どんなに祈っても、いつかは避けられない別れがあります。

それは必ずしも遠い未来のことだと限らないから、後悔しないように、たくさん撫でて抱っこして触れ合って欲しい。

私が一番後悔しているのは、もっと大好きだったおやつをあげればよかったということ。
また今度ね、いつもそう我慢させてしまった。

最期は、食べたくても食べられなくなった。

食の豊かさは、幸福のひとつ。

極端に太らせたりと命に関わることがないならば、制限を緩めてあげるのもいいんじゃないかと私は思う。

命って、本当にあっけない。特に犬猫の一生は短い。

失敗や後悔の経験を、いくつも積み重ねられるほど長くはない。

どうか私の経験から学んで欲しい。



私の気持ちの整理のためと、長々とお見苦しい文章を連ねてしまいました。

少しでも皆さんの参考になれば幸いです。



ふく 私の愛しい自慢の息子。

ごめんね

ごめんね

うちの仔になってくれて ありがとう。


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たくさんの方に見送っていただいたふくは、とても幸せな仔でした。

心より感謝いたします。

この記事へのコメント

  • 満月

    そんなにだったのか。。。と今更。
    ごめんよ。気づかなかった。
    でも
    うん。
    新年だね。またゆっくりすすんでいこう。
    2015年01月01日 18:12